白内障の疫学研究
白内障のリスクファクターや予防因子が明らかになっているが、その多くは疫学研究によって発見され、基礎研究によってその機序が解明され、予防や治療のヒントに繋がるため、地味ではあるが非常に重要な研究手法である。しかし、膨大な時間と費用がかかることが欠点であり、眼科領域で研究を行う研究者は少ない。また、縦断的疫学調査は横断的調査に比較し得られる情報も多くその意義は高いが、5年、10年単位での研究になるため、調査を行う研究者は少ない。
金沢医科大学では1990年代から紫外線被ばくと眼疾患、特に白内障との関係について、多くの調査を行ってきた。国内では石川県輪島市門前町での縦断的調査Monzen Eye Study1, 2)があり、現在15年目の調査を継続中である。1996年には鹿児島県奄美地区での調査を行った。また、1996年にはアイスランドのレイキャビクにおいて縦断的調査Reykjavik Eye Studyを開始し、2001年、2008年に5年目、12年目の調査を行った。そのほか1997年にはシンガポール、2004年~2006年には中国の瀋陽市、三亜市、太原市郊外の農村部、2009年、2010年には台湾の台中市、淡水市で調査を行った。アフリカ赤道部における調査は少なく、農民における眼疾患の現状調査のため、2014年8月にはタンザニアのムクランガ県において1175名の調査を行ってきた(写真)。白内障の有病率は人種に関わらず、天空紫外線の強い地域で高く、紫外線の非常に弱いアイスランドで最も低かった。皮質白内障および後嚢下白内障については、大規模疫学調査によりその関連が示されており3-6)、我々の調査においても、皮質混濁の局在が緯度により異なる結果を得ている7)。核白内障に関しては、中緯度以北での調査においては有意な関連はないとされているが、我々の調査では、亜熱帯・熱帯地域に位置する鹿児島県奄美地区、台湾、中国三亜市、シンガポール、タンザニアでは、いずれも核白内障が非常に多かった。特に今回調査を行ったタンザニアでは、核白内障とRetrodotsの合併が非常に多く、60歳以上では低視力患者、失明患者が急増することも明らかになった。また、三亜市において紫外線との関連が明らかな翼状片患者は核白内障のリスクが約1.9倍であり、これらの結果は高度の紫外線被ばくが核白内障を生じる可能性を示唆する結果と考えている。モルモットに長期間UVAをばく露することで核白内障を発症するという報告もあり8)、一定レベル以上のUVAばく露が核白内障のリスクを高めている可能性がある。農村部では眼鏡およびサングラスの使用者は極めて少ないため、その効果を確認することはできなかったが、台湾での調査において、眼鏡使用者は皮質白内障が有意に少なく、サングラス使用者では核白内障が有意に少なかったため、これも紫外線と核白内障の関連を示唆する結果と考えている。熱帯地域における極めて高い核白内障のリスク軽減に、サングラスは有効である可能性が高く、今後さらにエビデンスを重ねるとともに、その有効性について啓発することが必要である。 2013年からは厚生労働科学研究費補助金により「東京電力福島第一原子力発電所における緊急作業従事者の放射線被ばく量と水晶体混濁発症に関する調査」が行われている。金沢医科大学が中心となり、慶應義塾大学の坪田一男教授、岩手医科大学の黒坂大次郎教授、獨協医科大学の松島博之准教授が研究協力者として加わっている。本研究では厚生労働省が構築した東京電力福島第一原子力発電所の緊急作業従事者の被ばく線量のデータベースを活用し、50mSvを超える外部被ばく者および50mSv以下の被ばく者について、累積被ばく量と水晶体混濁発症の関係を検討する。水晶体混濁については細隙灯顕微鏡所見および水晶体撮影写真を使用し、その結果を申請者が評価し検討する。本研究は放射線被ばくによる水晶体への短期(被ばく後5年目まで)での影響についての研究であり、被ばく量と水晶体混濁の関係に関する新たなエビデンスとなるデータが得られる可能性がある。放射線被ばくの水晶体への影響は、被ばく後、長期を経て発症することも多い。したがって、今回の対象である緊急作業従事者については、被ばく後10年以上の追跡調査が必要ではあるが、本研究により水晶体への影響が被ばく後、いつ頃から生じるのかを確認することができる可能性があり、その意義は大きい。また、長期的な調査を行う上でも、被ばく後早期の水晶体所見は重要であり、今後のベースラインデータとしても活用することができる。1986年のChernobyl原発事故において、clean-up workersらを対象とした調査が行われ、被ばく後12年での調査において、0.5Gy以上の被ばく者で後嚢下白内障の有所見率が増加し、米国一般人(平均年齢53歳)での初期後嚢下白内障の有所見率は5%未満であるのに対し、Chernobyl clean-up workers(平均年齢45歳)では17%と有意に高率にみられたと報告している9)。ICRPも眼の水晶体のしきい線量を0.5Gyとみなすこと、計画被ばく状況の職業被ばくに対する眼の水晶体の等価線量限度を5年間の平均で年20mSv、年最大50mSvにすべきであると勧告しているが10)、その根拠となるデータは極めて少ない。世界的にも注目されている研究であり、日本白内障学会が中心となり精度の高いデータを出し、放射線被ばく量と水晶体混濁の関係を明らかにしたい。
|